においのトラブル~嗅覚障害 | においの外来_嗅覚外来

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においのトラブル~嗅覚障害

迷走する嗅覚障害のコトバ

 嗅覚障害は、全くにおいを失ってしまう嗅覚脱失、少し嗅覚が残っている嗅覚減退、異臭を感じてしまう異臭症、においに対して異常に敏感になる嗅覚過敏というコンディション(質的状態)にわけることができます。

 頻繁に使われる、異臭症dysosmia(ダイソースミア〔米〕、ディソースミア〔英〕)という言葉は実は曖昧な言葉です。「(何も存在しないのに)異臭を感じる症状」にも「(実際に存在するにおいと)異なる臭いを感じる症状」の両方の意味を持つからです。

 何も存在しないのに異臭を感じる嗅覚障害は、phantosmia(ファントスミア)といい、日本語には適切な訳語はありません。精神疾患であることは希で、ほとんどは副鼻腔に膿が溜まった状態(副鼻腔炎または蓄膿症)が原因です。その原因は嫌気性菌(空気すなわち酸素を嫌う細菌。閉鎖空間を好む)であることが多く、特有の嫌なにおいを発するためそのように感じるとが多いです。

 一方、本来と異なるにおいを感じてしまう嗅覚障害は、錯嗅(さくきゅう):parosmia(パロスミア)といいます。

日本鼻科学会のガイドラインでは異臭症を異嗅症としております。またphantosmiaを自発性異嗅症、parosmiaを刺激性異嗅症とすることを提唱しています。当サイトでは、広く一普及している「異臭症」、国際疾病分類(ICD-10)として定義されている「錯嗅:parosmia」を、当面の間使用いたします。

錯嗅(さくきゅう)という嗅覚障害

 錯嗅は本来と異なるにおいを感じてしまう嗅覚障害です。原因は、前ページ(においとは)で説明した、鍵と鍵穴の話が参考になるでしょう。一般的には、物のにおいというのは一種類の分子だけではなく、数種類から構成されています。例えばニンジンのにおいは、12種類のにおい分子から成っています。12種類の分子がどれだけの種類の受容体を刺激しているのかわかりませんが、もしもその中でニンジンをイメージするのに中心的な役割をもつ、たった1種類の受容体~糸球体からの信号が途絶えたら、脳では別のにおいをイメージしてしまうことでしょう。大脳扁桃体がその新しい感覚を不快だと判断すれば悪臭症でしょうし、ちょっと刺激的なにおいに変化したと思えば嗅覚過敏と診断される可能性があります。しかし、すべては同じ理屈で起こる嗅覚障害、すなわち錯嗅である可能性があります。

 女性の妊娠期における嗅覚過敏も、ホルモンバランスの変化による核酸合成の影響で、嗅覚受容体の量的変化または糸球体の質的変化が起こることによって一時的に起こる、錯嗅の一種かもしれません。

インフルエンザで嗅覚障害!?

 蓄膿症(副鼻腔炎)と同等に多いのが感冒後嗅覚障害です。インフルエンザウイルスやライノウイルス等による風邪が治った後に、アレ!?と気がつきます。CT画像上は鼻粘膜は正常に見えますが、実際には嗅粘膜が障害されて一時的に嗅覚を失っている状態です。感冒後嗅覚障害は3ヶ月~半年程度で徐々に治癒しますが、一部錯嗅が残る場合もあります。

 また意外と多いのが、上顎洞や蝶形骨洞の真菌性副鼻腔炎による嗅覚障害で、嗅粘膜から多少離れていても炎症性物質が嗅粘膜まで波及するらしく、嗅覚減退が起きやすくなります。

 他には、頭部の外傷による外傷性嗅覚障害、有機溶剤などの化学的曝露による嗅覚障害、老化、内服薬(降圧剤等)による副作用が原因の嗅覚障害等考えられます。しかし内服薬に対する副作用だと推定して内服を中止しても直ぐには治らないケースが殆どです。おそらく、薬剤性パーキンソン病による嗅覚障害にだと思われます。

不治の病!?、外傷性の嗅覚障害

 嗅粘膜から嗅球(脳の入口)の神経経路が、頭部の外傷により切断され嗅覚障害になる病態です。ちょうど停留中の船(脳)が急に動いて錨;いかり(嗅覚神経)が一瞬の外力により切断されてしまうような状況に似ています。頭部外傷の事故では、嗅覚神経が切断されるために嗅覚を全く失ってしまう嗅覚脱失:anosmia(アノスミア)になることが多いのです。

 この本は、交通事故に遭った著者が外傷性嗅覚障害を奇跡的に取り戻すまでを書いた記録です。これを読んで私は感動しました。治って良かった!、という気持ちもありますが、実は今まで教科書的には不治の病とされてきた嗅覚障害が治った世にも希な例だったからです。実際、最近の知見でも、嗅粘膜から嗅球へのルートは再生することがわかってきました。

この本の作者は偶然にも嗅覚を取り戻すことができましたが、ほとんどの方はそうはいかないのが実情です。

 それは、神経の再生時、誤配達が起こってしまうからだと報告されています。1番の信号が1番に相当する嗅球の細胞に届かず、他の番号の嗅球の細胞に接続してしまうのです。再接続の間違いを防ぐためには、理論上ではにおいのリハビリテーションが有効であると考えられます。というのも、著者はシェフ志望であり、普段から食材のにおいを嗅ぐという習慣が出来上がっており、自然と外傷性嗅覚障害に対するリハビリになっていたのだと推測します。

嗅覚障害の別の考え方

 医師が、外来で説明する内容はこの話が多いです。よく理解できない事が多いと思います。原因箇所を脳から遠い順に並べるのが慣例なのです。呼吸性(鼻)_嗅覚障害、嗅粘膜性(鼻の奥)_嗅覚障害、末梢神経性(脳の入口)_嗅覚障害、中枢性(脳の奥)_嗅覚障害という順です。下記に述べる、アルツハイマー病とパーキンソン病に伴う嗅覚障害は中枢性嗅覚障害に分類されます。

呼吸性嗅覚障害の原因

 物理的な閉塞が原因の嗅覚障害の総称です。鼻の空気の流れは、ちょうど学校や職場から自宅に帰る時に、ちょっと横道にそれたところに存在するコンビニに寄るのと状況が似ています。

①は鼻の入口に近い所ですが、主に鼻中隔湾曲症が原因である呼吸性嗅覚障害です。②は大通り(総鼻道)から上方に抜ける道で、ここの部位の閉塞は鼻ポリープまたはアレルギー性鼻炎が原因の呼吸性嗅覚障害あることが多いです。③が閉塞、つまり一方通行路になってしまう場合は重傷の鼻ポリープ(好酸球性副鼻腔炎が多い)が原因である呼吸性嗅覚障害であることが多いです。④は咽頭腔への入り口ですが、ここはアデノイド増殖症、後鼻ポリープによる呼吸性嗅覚障害が多いです。なお匂いのルートの一例を動画化いたしましたのでこちらからご覧下さい。(においの治療

においの記憶 (アルツハイマー病と中枢性嗅覚障害)

 とあるにおいを嗅いで幼少の時の記憶が鮮明に蘇ることはないでしょうか。例えばヒノキのにおいを嗅いだ時に、何のにおいかは判らなくても「昔住んでいた家のにおいだ」と確証が持てる場合などです。

これは連想記憶をつかさどる海馬CA3野(参照:においとは)という場所が刺激をうけて、その刺激が別の記憶を想起させるべく最終判断をする前頭葉におくられるためです。

アルツハイマーという病気の初期の段階では、この海馬が損傷をうけ中枢性嗅覚障害を起こします。最近の研究では、嗅覚細胞と海馬の細胞は再生能力があることがわかり、アルツハイマー型痴呆防止のために、嗅覚トレーニングの試みが全国的になされています。

においの情動 (パーキンソン病と中枢性嗅覚障害)

良いにおいを嗅いでリラックスすると脳波のα波が増え、イヤなにおいをかいで緊張するとβ波が増えます。

これは大脳扁桃体(参照:においとは)で快いにおい、不快なにおいにと判別されて、最終判断をする前頭葉に信号が送られた結果です。パーキンソン病になるとこの経路が傷害され、においに対する感情がうすれ、においがしないという事自体に気づきにくくなります。またパーキンソン病の早期には嗅球の神経細胞が減ってしまうため、運動機能が障害される前の早期発見のために見落とせない症状が中枢性嗅覚障害と言われています。